競技3日目のこの日は、今回のオリンピックから種目になった女子の重量挙げに行くことにした。日本のメダル獲得はあまり期待できないけど、北朝鮮の監督が、あの力道山の孫とのこと。さらに、この日の58kg級に出場する北朝鮮代表のリ・スンヒはジャークの世界記録保持者。金メダルでも取ったら、ちょっとした話題だ。

 鉄道を乗り継いでダーリング・ハーバーへ少し早めに着いたので、ハーバー公園内を散歩し、コックル・ベイ(写真右)を見ながら約30分間、日光浴。東京の5月下旬くらいの陽気で、湿気がない分、太陽の下にいても汗をそれほどかかない。

 それでもまだ時間があるので、近くのモール(デパートみたいな場所)に行ってみると、けっこう日本人がいて、日本語も聞こえて来る。異国に来たという感じがしないので、早めに出る。何度も海外へ来ていると、こうした画一的なところでTシャツとか置物とかの土産を買うのに抵抗が出てくる。やはり、“秘境”と言える場所を歩き、その地独特のものを買って帰りたいと思う。

 柔道会場に隣接している重量挙げの会場へ入ってみると、まだ53kg級をやっている。この階級は北朝鮮は出なが、参考のために観戦。終わると、会場内のプレスセンターへ。テレビを見ると柔道をやっている。この日に出場する男子の中村謙三、女子の日下部 とも、金メダルはちょっぴり厳しいと言われている階級。案の定、テレビでは2人が負けたシーンが映し出された。初日に金メダル2個を取った日本柔道も、その後はちょっぴり厳しい闘いとなりそう。

 さて、58kg級の開始だ(写真右)。トータルでの世界記録保持者の中国選手が不出場(ドーピング検査を恐れた?)のため、リ・スンヒの金メダル獲得の可能性が高い。会場には、北朝鮮の今大会初の金メダル獲得を予想して共同、時事の両通信社のほか、競技会場には出入りできないIDのはずの東京スポーツのK・T記者がいるではないか。力道山の孫の取材で、入場券で入ってきたという。さすが「プロレスの東スポ」だ。ちゃんと情報を持っている。

 パク監督の顔はもちろん知らないが、選手に付き添っていたただ1人の女性がそうだろうと見当をつけ(年齢も聞かされていた27歳くらいの人だった)、写真を撮りまくる。「内外タイムス」もデジタル写真電送がこのオリンピックにぎりぎり間に合ったのだ。

 ところが在日の朝鮮新報社の記者が教えてくれたところによると、パク監督は急病でシドニー入りしていないとのこと。私たちがパク監督だとばかり思っていた人は、他階級の選手だという。ちょっぴりがっかりだが、“力道山魂の継承者”として記事は書ける。新聞記者というのは、こじつけがうまい人種だ。

 それでリ・スンヒの結果は、主催者の手落ちと言える不手際で2位に終わった。 アナウンスでリ・スンヒの出番が告げられたが、この時、タイのスタが自分の番だと勘違いしてステージへ向かった。リは選手出入り口の役員に押しとどめられ、ステージへ行けない。ステージ役員が順番違いを指摘し、やっとステージへ上がることができたが、規定時間は20秒しか残っていない。

  精神を集中してトライしようとしたその時、無情にも時間切れのブザーがなり「失敗」と判定されてしまった。3度目の試技で難なくこの重量をクリアしたが、トータルは220kgどまり。メキシコのジメネスがジャークの3度目で勝負をかけて127・5kgをクリアし222・5kgをマーク。2・5kg差で金メダルはジメネスの手に渡ってしまった。

  もしリ・スンヒが2度目に122・5kgを上げていれば、3度目に最低125kgを上げることで金メダルを手中にするはずだった。自己最高から6・5kgも軽い重量なら楽に挙げられただろうが、タイ選手の勘違いによって夢が水泡と帰してしまった。

  北朝鮮チームは強く抗議したが、1度下った裁定が変わるわけもなく、リ・スンヒはぶ然として2位の表彰台へ。ドーピング終了後も、韓国や北朝鮮のメディアが追っかけたが、一言も口を聞くことなくバスへ乗りこんだ(写真左)。パクさんの夢はアテネ五輪へ持ち越されることになった。

 シドニー五輪からは、トライアスロンとテコンドーの2競技と、トランポリンなど23の種目が加わった。女子重量挙げもそのひとつで、これによって女子種目のない“前時代的な”競技はレスリングとボクシングの2競技になってしまった(野球とソフトボールは対とみなす)。

  女子重量挙げは、五輪種目になったとはいえ男子に比べると普及は今ひとつ。早くから取り組んできた日本はメダルを取れる可能性があると言われてきた。結果は、メダルを確実視された48kg級のニ柳かおり、入賞を期待された52kg級の仲嘉真理がともに自己最高に10kg足りず、そろって7位。58kg級の高橋百合子は、ジャークで自己ベストから5kg下の110kgを2度も失敗するなどして順位なしという不振に終わった(女子は3階級のみの出場)。

  これが「魔物が棲む」と言われる五輪なのだと思った。それほどまで独特の緊張に襲われ、ふだんの実力を出せなくなるのが、4年に1度のこの舞台なのだ。アテネ五輪では、女子レスリングの採用が濃厚。関係者の中には、現在の日本女子の強さからして「金メダル3個」と予想する者もいるが、甘い、甘い。この独特の雰囲気の中で「金確実」と言うには、2位以下の選手の倍の実力を身につけなければなるまい。女子重量挙げの結果を他山の石にしなければなるまい。(続く)

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