かなり激しい雨が降り、窓に当たる音で目を覚ます。夢うつつの中で「シドニーも雨が降るんだ!」と思うが、これだけ緑があるんだから、それも当然だと思い直す。砂漠の都市テヘラン(イラン)のほとんど緑のない街を思い浮かべる(ただし、最近は植樹が進んでいるらしい)。ひと寝入りして起きた10時半頃には、雨は完全に上がり、カラッと晴れわたっていた。

 この日は、まず柔道会場の隣にあるボクシング会場(写真左)へ向かう。ヘビー級でマイク・タイソン以上の素材と言われていたフェリックス・サボンというキューバの選手(写真下の青選手)が出場する。86年のデビュー以来、6世界選手権と2度のオリンピックで優勝。もしソウル五輪にキューバが出ていれば、今大会はアレクサンダー・カレリン(ロシア)と同じV4を目指すことになっていた。

 キューバでの月収は25j(約2700円)。米国へ亡命してプロで稼げば、1試合で何億円、いや何十億円も稼げるのに、愛国心がゆえにそれをせず、キューバのためにアマで戦い続けた選手だ。プロフィールに彼のコメントが載っていた。「プロのランクなんて、強さを表してはいない。最終的に金を稼ぐことが目的だ。ダーティなスポーツだ。オリンピックのボクシング、アマチュアのスポーツはきわめてクリーンなものだ。競技者にとっては、アマチュアの世界こそが最高の戦いの場だ」

 カレリンも愛国主義者だ。私は軍国主義につながるから「愛国心」という言葉は嫌いだ。世界唯一の被爆国として、否定しなければならないと思っているが、富を求めず、愛するもののために戦うという気持ちは否定しない。日頃、金まみれのプロの取材をしている身としては、ほのぼのとしたものを感じる。まあ、貧乏人のひがみだろうが…。

 そのサボンはナイジェリア選手にレフェリーストップで圧勝。それを見届けてから、隣の柔道会場へ走る。男子100kg級の井上康生は初戦を勝ったらしい。得意の内またで、わずか18秒で勝ったとか。続いて女子78kg級世界2連覇の阿武教子の登場。89・91年に世界一になっているが最近は目立った実績のないイタリア選手が相手だ。しかし全く動けず、最初に指導を取られて、あとはこう着状態で時間切れ。その選手が次の試合で負けたので、敗者復活戦に回れず、女子は3日連続でのメダルなしとなった。

 世界V2の選手が「2日前から、寝れない、と言って緊張しっぱなし。テーピングするにもカチカチで…」(吉村和郎監督)だったという。アトランタ五輪にも出ている選手(ただし35秒ですべてが終わった)。それでも、緊張という魔物の手を逃れることができなかった。何度も繰り返させてもらうが、本当に恐ろしい舞台だ。世界選手権での優勝もオリンピックの優勝も、同じ世界一じゃないか、と思っていたけど、誤解を恐れずに書かせてもらえば、オリンピックで優勝する方が、何倍も大変なことだと思った。

 井上は続く試合も16秒で一本背負いを決めて勝ち、準々決勝も得意の内またで快勝(2分39秒)。夜の部での金メダル獲得の望みを持たせてくれる。休憩(競技が、ですよ。私はサボンと阿武の原稿を書いていました)のあと、夜の部の45分くらい前に会場へ行って記者席の場所取り。そこで、この原稿を書くが、場内のビジョン(写真左)には、柔道のイメージ映像がひっきりなしに流れる。効果音楽もよくて、柔道の魅力とか感動が伝わってくる。21世紀の広報活動は、映像なくしては効果が少ないと実感。

 井上は準決勝も優勢に試合を進め、必殺の内またで一本勝ち(2分36秒)。どの選手も警戒しているにもかかわらず、こうして決められるというのは本物の証拠だと思う。金メダル獲得は間違いないような予感がする。

 女子決勝で微妙な旗判定で中国の手が上がり、会場にけっこう多いフランス応援団からいっせいにブーイング。それを受けて井上が登場。多くの人の予想通り、必殺の内またで一本勝ち(写真左)。本当に強かった。

 周囲から徹底的に研究されても、それでもかけられるなんて、本当の必殺技。すごい、としか言いようがないが、藤田弘明強化委員長は「来年の世界選手権までには研究される。もっと足技を使えるようにならなければ、リーチのある選手には勝てない」と厳しく言う。この階級は世代交代がうまくいかない国が多く、峠を越した選手もけっこう出ていたと冷静に分析。この結果に浮かれてはいけない、という姿勢がありあり。

 ソウル五輪でレスリングが金メダル2個を取った時、協会役員は手放しで喜んでいて、北朝鮮が出ていなかったこと等を冷静に分析し、かぶとの緒を締める人が少なかった。この違い! 次にレスリングの勝利が訪れるのはいつかわからないが、他山の石にしなくてはなるまい。(続く)

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