小 林 孝 至(こばやし・たかし)

 2年連続高校三冠王。大学1年で出場した82年アジア大会では朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を破るなどして優勝したが、国内では入江隆の壁を越えられなかった。破ったと思った84年全日本選手権では、ビデオ判定で勝敗が入れ替わり、目前でロサンゼルス五輪を逃した。

 87年、ようやく入江の壁を破り、翌年のソウル五輪代表の争いも大接戦の末に2勝1敗と勝ち越し、悲願の五輪出場を達成。初戦で前年世界2位の韓国選手を破ると、勢いに乗って優勝した。

 1969年に、フライ級(52kg級)の下にこの階級が新設されたとき、日本はフライ級で抜群の強さを見せていたので「日本のための階級」とささやかれた。しかし五輪と世界選手権で優勝したのは、小林ただ1人に終わってしまった。

【生年月日、出身】1963年5月17日、茨城県出身

【所 属】茨城・土浦日大高〜日大〜ユナイテッドスティール(ソウル五輪時)

【全日本選手権成績】82年=2位、83年=3位、84年=2位、85年=2位、86年=2位、87年=優勝、88年=優勝、89年=優勝、90年=優勝(以上フリー48kg級)

【五輪・世界選手権成績】87年=3回戦敗退、88年ソウル五輪=優勝(以上フリー48kg級)

 

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