【特集】アジア大会にかける“五輪王者キラー”…男子グレコローマン74kg級・鶴巻宰(自衛隊)【2010年10月18日】

(文=樋口郁夫)



 4年に1度のアジアの祭典「アジア大会」のレスリング競技は、来月21日から中国・広州で行われる(開会式は12日)。日本はモスクワ世界選手権のメンバーとほぼ同じ選手を派遣するが(日本代表選手、はここをクリック)、世界選手権に2番手を送り、この大会にベストメンバーを派遣する国もあり、この大会で勝ち抜くことは決して簡単ではない。

 腰の負傷の治療が長引き、苦渋の決断で世界選手権を辞退した男子グレコローマン74kg級の鶴巻宰(自衛隊=
左写真)にとっては、絶対に結果を出さなければならない大会だ。今年5月の段階で腰の状態は決してよくなかったが、それでも全日本選抜選手権に出たのは、「世界選手権だけでなく、4年に1度のアジア大会に出たかったから」。

 やはり“アジアのオリンピック”への思いは強い。国際大会が1年以上空いてしまったハンディを「ビデオテープでしっかり研究します」とはね返すつもり。世界選手権を捨てた分、蓄えたエネルギーをアジア大会で爆発させなければならない。

■全日本チームの激しい競争の中で、手術のあと焦ってしまった

 5月の全日本選抜選手権で優勝したあと、痛めていた腰の手術に踏み切った。背骨に骨折が見られ、変形してくっついている箇所もあって、かなりの重傷だったからだ。腰椎が前方にすべってしまう「すべり症」やヘルニアも発症していた。痛みが腰だけではなく、脚にもきていた。世界選手権までには完治するとの診断もあり決断した
(右写真:全日本選抜選手権のプレーオフで勝った鶴巻=赤=だが、体はボロボロだった)

 手術の後、治療に専念していれば、9月には闘える状態になっていたかもしれない。しかし、「焦りがありましたね。マットに上がるのが早すぎました」と反省する。全日本合宿に参加し、できる範囲での練習しているうちに治りが予想よりも遅くなった。

 「他の選手の頑張りを見ていると、自分もやらなければ、と思ってしまったんです。自衛隊の監督やコーチからは治療の期間を十分にもらったのですが、私ひとりが焦ってしまいました」。競争が激しい全日本チームの中で、こうした気持ちになったことは決して責められまい。

 8月下旬、「勝負は(五輪出場権がかかる)来年」と世界選手権出場をあきらめ、焦りを封印。アジア大会での復活を目指して再調整に踏み切った。日本代表がモスクワで燃えている時期にリハビリに専念し、10月8日からの全日本合宿に再合流。「以前は打ち込みをしても脚や腰に来ましたが、今回はスパーリングをしても、かなり回復したことを感じます」と状況を説明する。

 アジア大会までの1ヶ月以上で「完治」と言える状況にもっていくことができるか。「減量をした時にどうなるのかな、という不安はありますね」と心配を口にしつつも、最悪の状況を脱したことで表情は明るい。「ウエートトレーニングもしっかりできるようになり、体力も戻っている」と言う。

■五輪王者を撃破した2009年世界選手権だが、腰の状態は最悪へ

 昨年の世界選手権(デンマーク)では、上位入賞はならなかったが2008年北京五輪王者のマヌカー・クビルクベリア(グルジア)を破り、五輪王者をしのぐ実力を世界にアピールした
(左写真)。しかし、その後、腰痛に悩まされるようになった。冬の海外遠征を辞退せざるをえない状況だったのだから、国内大会を欠場し、今年を棒に振ることがあっても治療に専念して、来年からの“ロンドン五輪選考レース”にかける方法もあっただろう。

 デンマークの世界選手権フリースタイル66kg級で銅メダルを取った同じ自衛隊の米満達弘は、左肩の負傷で同年12月の全日本選手権を欠場。冬の海外遠征もカットして治療に専念した末、今年も日本代表の座をキープした。地力のある選手なら、「前進のための後退」はひとつの方法だ。

 しかし鶴巻は冒頭でのコメントの通り、今年の全日本選抜選手権に出たことは後悔していない。その気持ちをさらに納得させるためにも、アジア大会での好成績が望まれる。

■金久保武大の躍進にも冷静、「自分にも世界5位の実力がある」−

 代わって世界選手権に出場した金久保武大(マイスポーツ)が、初出場にもかかわらず5位に入賞した。アジア大会で強さを見せなければ、金久保をさらに勢いづかせてしまう。そのためにも頑張らねばならないが、鶴巻は金久保の躍進を全く意に介していない。

 「五輪出場権がかかる来年ならともかく、今年はね…。金久保選手が5位に入ったのだから、自分も世界5位の実力はあるんだな、メダルも圏内だなって思います」とサラリ言ってのけた。本心なのか、意識してるがゆえの発言なのかは分からないが、物ごとに一喜一憂するタイプではないようだ。

 デンマークで北京五輪王者を破った実力を賞賛されても、「五輪前に闘っていて、勝っている選手なんです。北京では『こんなヤツが優勝なんて』と思いました。(五輪王者に勝った)次の試合で負けたのだから、意味ないでしょ」と話し、そんなことで評価しないでくれ、と言わんばかり。今夏は焦って自分を見失ってしまったが、自分の実力や世界における位置は、しっかりと把握している
(右写真=全日本合宿で練習する鶴巻)

 「アジアの74kg級には4、5人、強い選手がいますね。(昨年アジア王者の)イラン、(北京五輪2位の)中国とか…」と、アジア大会へ向けての戦力分析もしっかりできている。「優勝すれば自信になる。メダルを取っても、2位、3位だと負けるわけだから、満足できない。負けないで試合を終えたいですね」。“五輪王者キラー”の健闘が期待される。

 鶴巻宰(つるまき・つかさ)=自衛隊
 1984年5月19日、山形県生まれ、26歳。山形・米沢工高〜国士大卒。高校時代の02年に全国高校グレコ選手権と国体グレコで優勝し、全日本選手権4位へ。国士大へ進み、03年は全日本大学グレコ選手権の1年生王者へ。04年は2階級にまたがって学生二冠を制し、全日本選手権で優勝。
 05年はアジア選手権3位、ユニバーシアード3位など力をつけた。07年全日本選抜選手権とプレーオフで全日本王者の菅太一を破り、世界選手権に初出場。07年は全日本王者を逃し、北京五輪予選出場の機会をもらったが生かせなかった。08年全日本選手権で優勝、09年は世界選手権に出場し、北京五輪王者を破るも上位入賞はならなかった。181cm。



◎鶴巻宰の最近の主な成績

 《2009年》
 
【9月:世界選手権(ロシア)】12位(36選手出場)
3回戦 ●[1−2(2-0,0-2,0-1)]Evgeny Popov(ロシア)
2回戦 ○[2−1(0-3,3-0,1-0)]Manuchar Kvirkvelia(グルジア)
1回戦  BYE

 
【5月:アジア選手権(タイ)】3位(13選手出場)
3決戦  ○[2−0(1-0,6-0)]Dauletgeldi Kadyrov(トルクメニスタン)
準決勝 ●[1−2(0-1,1-0,1-1)]Kang Hee-bok(韓国)
2回戦  ○[2−0(3-0,6-0)]Nguyen Van chung(ベトナム)
1回戦   BYE

 
【3月:ハンガリー・カップ(ハンガリー)】12位(25選手出場)
敗復戦 ●[0−2(0-2,0-1)]Farid Mansurov(アゼルバイジャン)
3回戦  ●[0−2(0-2,0-2)]Alexander Kikinov(ベラルーシ)
2回戦  ○[2−1(0-1,2-0,6-1)]Jake Fisher(米国)
1回戦   BYE

 
【2月:ニコラ・ペトロフ国際大会(ブルガリア)】3位(19選手出場)
3決戦  ○[2−0(5-2,1-0)]Ionel Puscasu(ルーマニア) 
準決勝 ●[1−2(2-0,0-2,0-2)]Sheref Tufeng(トルコ)
3回戦  ○[2−0(1-0,3-0)]Andy Bisek(米国)
2回戦  ○[2−1(0-1,1-0,1-0)]金久保武大(日体大) 
1回戦   BYE

 
《2008年》
 
【6月:ゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)】3位(11選手出場)
3決戦  ○[フォール、1P(4-0)]Ramazan Shahin(トルコ)
準決勝 ●[1−1(1-1,1-1,0-5)]Ilgar Abdulov(アゼルバイジャン)
2回戦  ○[2−1(1-1,4-2,1-1)]Rafiq Huseynov(アゼルバイジャン)
1回戦  ○[2−0(2-1,1-1)]Samed Chopsiyev(アゼルバイジャン)

 
【5月:五輪予選第2戦(セルビア)】10位(27選手出場)
3回戦 ●[0−2(0-3,0-5)]Arsen Julfalakyan(アルメニア)
2回戦 ○[2−1(0-3,2-0,@L-1)]Mohammad Babulfath(スウェーデン)
1回戦 ○[2−0(2-0,5-0)]Graham Keitani(ミクロネシア)

 【5月:五輪予選第1戦(イタリア)】22位(36選手出場)
1回戦 ●[1−2(0-3,3-0,1-3)]Jure Kuhar(スロベニア)

 
【3月:ハンガリー・カップ(ハンガリー)】3位(34選手出場)
3決戦  ○[2−1(3-0, 1-@, @-1)]Julian Kwit(ポーランド)
敗復戦 ○[2−0(3-1,@-1)]Christoph Guenot(フランス)
4回戦  ●[1−2(3-0,0-3,1-3)]Aleh Michalovich(ベラルーシ)
3回戦  ○[2−0(3-0,A-2)]R3 - df. Ari Harkanen(フィンランド)
2回戦  ○[負傷棄権、2P1:57(2-1,2-1)]Krzysztof Kowalski(ポーランド)
1回戦   BYE

 
《2007年》
 
【9月:世界選手権(アゼルバイジャン)】13位(54選手出場)
3回戦 ●[0−2(3-6,3-1,1-1L)] Peter Bacsi(ハンガリー)
2回戦 ○[2−1(0-2,1L-1,1L-1)] Evgeny Popov(ロシア)
1回戦 ○[2−1(3-0,3-4,@L-1)] Ayet Ikram Zied(チュニジア)

 
【2月:ニコラ・ペトロフ国際大会(ブルガリア)】5位(19選手出場)
3決戦  ●[0−2(0-6,3-0)]Malmut Altay(トルコ)
敗復戦 ○[2−0(3-0,3-0)]Goran Bulatovic (モンテネグロ)
3回戦  ●[1−2(0-4,3-1,1-4)]?(ロシア)
2回戦  ○[2−0(1L-1,3-1)]Bedel Umid(トルコ)
1回戦   BYE
 

 

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