【特集】世界3位の実績をもって、狙うはアジア大会金メダル…男子フリースタイル55kg級・稲葉泰弘(警視庁)
【2010年11月2日】

(文=樋口郁夫)



 準決勝のトグルル・アスガロフ(アゼルバイジャン)戦のラスト10秒を守れなかったため、世界選手権金メダルの道が閉ざされた男子フリースタイル55kg級の稲葉泰弘(警視庁=右写真)。世界王者となったビクトル・レベデフ(ロシア)は昨年5月のウズベキスタン・カップで勝っている相手。それだけに悔しさがつのる。その思いを、今月21日から始まるアジア大会(中国・広州=同級は23日)にぶつける。

 初出場の世界選手権を振り返る。「優勝はできなかったけれど、銅メダルは取れてよかった、という気持ちはあります。体調がよく、組み合わせもよくて、十分に上を目指せるものだった。それだけに、ラスト10秒で負けて悔しい思いもあります」。初出場でメダルを獲得したうれしさの中で、悔やみ切れないミスだったといえよう。

■課題はラストの攻防とともに、ケンカ四つでの闘い

 佐藤満強化委員長(専大教)によると、常に攻めていた大会だったが、ただひとつ、その場面だけが「守ってしまった」と言う。リードしている選手が、ラスト10数秒を守りに入るというのは、必ずしも間違ってはいない。いくら「攻撃レスリングを忘れるな」と言っても、やみくもに攻撃してカウンターを受けてしまい、逆転されてしまっては元も子もない。残り時間を考え、攻めるより守る必要のある場合も出てくる。

 問題は、その守り方。佐藤強化委員長は「結局、経験しなければ、どう守っていいのか分からないわけです」と説明する。現在行われている全日本合宿では「相手が次々に変わる15秒スパーリング」を数多く取り入れた。選手はラスト15秒の攻防を想定して闘う。稲葉以外にも終了間際の攻防に課題のあった選手がいたため、終盤に勝負がもつれた時の練習に余念がない
(左写真=全日本合宿で練習する稲葉)

 もちろん、アスガロフに負けたのはラスト10秒を守れなかったからだけではない。第1ピリオドは0−6のテクニカルフォールで負けるなど、6分間の闘いでの得失ポイントは2−9と“大敗”。稲葉には「右構えの選手(右脚が前)に対して、返されるのを警戒してしまい、入れなかったんです」という反省がある。

 稲葉は左構えで、ケンカ四つになるため
(右写真)、お互いに攻撃しづらい。その中で、いかに攻撃を仕掛けられるかが、ケンカ四つの闘いでのポイントだ。「何度もチャンスがあったのに、攻めることができなかった。入れて、ポイントを取っていれば、もっと楽な展開になっていました」−。

 ラスト10秒で負けたのではなく、負けただけの理由はあった。負けてこそ、本気になって弱点克服に挑める。世界選手権でのV逸が、結果として貴重な経験となったことだろう。

■アジア大会の強敵は、昨年世界王者のヤン・キョンイル(北朝鮮)!?

 2008年北京五輪で松永共広が銀メダルを取り、今年のアジア選手権では湯元進一が昨年の世界王者を下して優勝。日本の強さを世界に見せつけている階級だ。今年の世界選手権での稲葉の銅メダル獲得(アジア選手では最上位)で、そのイメージはさらに強まったはずだが、昨年の世界王者のヤン・キョンイル(北朝鮮)が、アジア大会に集中するためか、出場していない中での成績だった。湯元が勝った相手とはいえ、前年王者不在の中での成績ではインパクトが弱い。

 アジア大会でヤンを破ってこそ、日本の強さが際だつというもの。稲葉はヤンを「最初から最後まで攻めてくる選手。闘うことになったら、こちらも最初から攻めなければ、やられてしまいます」と分析する。

 湯元が勝った相手に負けてしまっては、ライバルに自信をもたれてしまう。湯元との間接対決で負けるわけにはいかない
(左写真=2009年世界選手権で優勝したヤン・キョンイル)。アジア大会にかけるモチベーションは、かなり高い。

■常勝・霞ヶ浦高校で鍛えられた「勝つのが当然」の中での闘い

 世界のトップにまではい上がったベースは、「思い出すのも嫌」という茨城・霞ヶ浦高校の猛練習だという。だが、嫌な練習であっても「辞めよう」と思ったことはなかった。「インターハイを何度も勝って伝統があるチーム。『勝たなければいけない』『勝ちたい』という気持ちがあったので、耐えることができた」そうだ。

 「勝つことが義務づけられる日本の軽量級」と書いてしまうと、過度のプレッシャーを与えてしまうことになるだろうか。霞ヶ浦高校でその重圧との闘いを何度も経験してきた稲葉なら、それをエネルギーに変えることができるはずだ。世界3位になって変わったことは、「練習でも、『負けられない』『一瞬たりとも気を抜けない』という気持ちが以前より強くなっていること」。この気持ちこそが、より強くなるために欠かせない姿勢であることは言うまでもない。

 世界選手権のメダルの置き場を聞かれ、「机の中にしまってあります」と答え、そんなもの飾っておくわけないでしょ、という表情。誇らしく飾れるのはオリンピックの金メダルだけ。そのためにも、まずアジア大会での金メダルを目指す。

 

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