【特集】五輪王者を破った実力でアジア王者を目指す…男子グレコローマン60kg級・松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)
【2010年11月8日】



(文=樋口郁夫)



 「実力的には世界の2番だとは思っていません。勝てない選手は、まだまだいます。もっと頑張らばければならないと思っています」。アジア大会に臨む男子両スタイルの日本代表選手で、今年の世界選手権で最高の成績(銀メダル)を持つグレコローマン60kg級の松本隆太郎(群馬ヤクルト販売=右写真)は、そう言って気を引き締める。

 ハサン・アリエフ(アゼルバイジャン)との決勝で負けた直後は、悔しさでいっぱいだった。帰国し、家族や友人に祝福され、ちょっとは喜びが湧いたというが、負けた悔しさが消えることはなかった。浮かれた気持ちはない。

 4年前は、世界選手権で銅メダルを獲得した男子フリースタイル60kg級の高塚紀行が、3ヶ月後のアジア大会で初戦敗退。敗者復活戦へ回れなかった屈辱を味わった。両スタイルとも軽量級のアジアのレベルは高い。今年の世界選手権グレコローマン60kg級は、世界王者こそ欧州選手だが、10位までのうち6人がアジアの選手。“安全パイ”が少ない分、初戦で不覚を喫する可能性もある。浮かれることなく気を引き締めるのは当然だろう。

■体力の差が分けた世界選手権の金メダルと銀メダル

 世界選手権は、「自分のスタイルを貫けたことが、メダル獲得につながった」と言う。自分のスタイルとは、スタンドの攻防で攻め、相手をばてさせて勝負をかける日本選手に多い勝ちパターン。これを初戦から発揮することができた。

 8位に入賞した初出場の昨年は、初戦は緊張で体がまったく動かなかった。格下の相手(ベトナム)が相手で勝つことができ、8位につながったが、内容は納得していない。2度目の今年は雰囲気が分かり、初戦から自分のレスリングができ、試合をこなしていくほどに体がよく動いた。やはり、経験を積むことは実力アップに欠かせない。

 その意味では、1−2(1-0,0-1,0-1)で負けた決勝のアリエフ戦
(左写真)は、負けるべくして負けた試合だったかもしれない。これが1回戦から数えて5試合目の試合だった。午後1時開始で決勝が8時ごろだったから、約7時間のうちにこれだけの試合をこなした経験はなかった。3回戦と準決勝の間は30分くらいしかなく、こうした状況下での体力の維持は初体験。

 もちろん条件は同じ。相手もバテバテだったという。「その中で、ちょっとした判断ミスが出ましたが、最後には体力だということを痛感しました」と振り返り、勝負を分けたのは技術の差というより、短時間で5試合を闘う体力の差だったようだ。

■アテネ五輪王者からの勝利で、多くの収穫があった

 この経験は、来年の世界選手権で金メダルを取るために生きてくるだろう。今回のアジア大会は、それだけ多くの試合をすることはなく、スタミナ勝負というより、1試合1試合の勝負となってくる。「世界で2番目の実力とは思っていない」と言う松本だが、世界選手権の準決勝で2004年アテネ五輪金メダリストの鄭智鉉(韓国)を破るなど、トップクラスにいることは間違いない。

 鄭智鉉とは今年2月のデーブ・シュルツ記念国際大会(米国)でも闘い、スタンドでも勝てず、グラウンドではリフトで投げられ、大きな差のあった相手。8月の韓国合宿でも手合わせし、実力が縮まったとは思えなかったという。しかし「足を外に出してのリフトは必ずやってくる。それさえ防げればワンチャンスはある」と対策を練っていた。

 その対策が功を奏し、第1ピリオド、相手の必殺技に体を預けてつぶすことができた。「5回やって1回成功するかな、というカウンター技でしたが、あれで(相手は)ペースが狂ったみたいです」と振り返る。徹底した研究こそが勝利への道だった
(右写真)。また、最大の必殺技を通じなくすれば相手は焦ることを学んだ。

 さらに第3ピリオドは自分の体力が勝っていたことも感じた。「第1ピリオドからとばせば、どんな強豪でも第3ピリオドはばてるものですね」。豊富な練習量からくる日本選手のスタミナは抜群だ。いろんな要素で得るものが大きかった“金星”だった。

■世界トップレベルのアジアを勝ち抜けるか

 こうした経験をもとに、“世界10位までに6人がいる”アジアの闘いに挑む。「韓国以外もきついですよ。カザフスタンは二番手の選手(アルマト・ケビスパエフ)が出てきて3位。去年出てきた一番手(ヌルバキト・テンギズバエフ)は、去年の大会で負けています。ウズベキスタン(ディルショド・アリポフ)は去年世界2位で世界王者経験者」と、アジアの勢力図をしっかり分析。それぞれの選手を十分に研究している。

 他に、7位のルスラン・ツメンバエフ(キルギスタン)は2008年北京五輪3位の選手だし、9位のオミド・ノロオジ(イラン)は今年のワールドカップで個人優勝した選手。10位には入らなかった中にも、アジア選手権優勝の盛江(中国)は、前回のアジア大会で笹本睦と大激戦を展開して銀メダルを取った選手。翌年のアジア選手権では若き日の松本が負けている相手だ
(左写真=全日本合宿のスパーリングの合間に伊藤コーチとも技の研究)

 世界の銀メダルを取っても、周囲やマスコミからの騒がれ方はそう大きくはなかったという。アジア大会で勝っても同じかもしれない。「オリンピックの金メダルでなければね」。その金メダルは、アジア大会の金メダルを取ることでぐっと引き寄せられる。世界2位の選手の健闘が期待される。

 

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