【特集】はい上がれるか、レスリング・エリート…女子63kg級・西牧未央(至学館大大学院)
【2010年11月17日】



(文=樋口郁夫)



 レスリング競技の開幕まであと4日と迫ったアジア大会(11月21〜26日、中国・広州)。日本女子は実施される4階級すべてで優勝を狙う。

 63kg級は五輪2連覇の伊調馨(ALSOK)ではなく、2008年と昨年の世界選手権を制した西牧未央(至学館大大学院=
右写真)が出場する。過去の実績を評価されるとともに、次代を背負う選手にチャンスを与えるための抜てき。負ければ、西牧本人にも、選んだスタッフにも、厳しい声が挙がるのは必至。背水の陣で金メダルを取りにいかねばならない。

 世界V2を達成して乗っている状況の西牧なら、アジアの大会など怖くはないだろう。今大会での最大のライバルと思われるイェレナ・シャリギナ(カザフスタン)には、昨年の世界選手権の準決勝で快勝
(左写真)。実力差を見せつけている。

 国内大会で負けが続き、世界の最高峰から奈落にたたき落とされた現在、心身ともにその時のコンディションが発揮できるかどうか。西牧は「不安もあり、緊張もあります」と話す。国際大会はその世界選手権以来、1年2ヶ月ぶり。未知の分野へ足を踏み入れるような感覚で臨む大会となった。

■「挫折を経験し、乗り越えた選手は本当の強さを身につける」…栄和人・強化委員長

 この苦境を乗り越えれば、ワンランクアップすることは間違いない。栄和人・女子強化委員長(至学館大教)は「挫折を経験し、それを乗り越えた人間は本当の強さを身につける」と期待する。連勝記録をストップされた吉田沙保里(ALSOK)がそうだった。今回の抜てきは、西牧をさらに強くするために与えた機会。ひと回り大きくなるために、絶対に乗り越えなければならない試練だ。

 昨年暮れから今年春にかけて、伊調馨、そして復帰してきた山本聖子(スポーツビズ)に連敗したつまずきを振り返ってもらった。全日本選手権での伊調戦の黒星は、まだ「次の見える敗戦」(本人談)だった。第1・2ピリオドとも規定の2分間を0−0で終了。クリンチの防御のみならず、攻撃でもやられてしまい屈してしまった負け。伊調のうまさにやられたという感じであり、実力は接近していることを感じた一戦だった。

 しかし今年5月の全日本選抜選手権での山本戦の黒星は、自分の負けパターンが出てしまった敗戦
(右写真=青が西牧)。「組み合ってしまいました。組み合ってしまうと攻撃できない選手なのに、相手のペースにはまってしまった」。世界を2度制したとはいえ、まだ大きな欠点を持っていることを知らされた黒星。復帰してきた選手に負けたこともさることながら、その事実が大きくのしかかってしまった。

 自らの性格を「つまずいて、すぐに気持ちを切り替えて前へ進む性格ではない」と話す西牧にとって、この黒星は大きかった。加えて6月には教育実習があり、至学館大や全日本チームの練習を離れてマットに上がらない日が続いた。けがによるブランクは別として、これだけ長くマットを離れ、気持ちが戻らないことはなかった。このまま、五輪の金メダル争いはおろか、五輪代表争いからも消えてしまうのか…、とさえ思われ、栄委員長は「気持ちが戻るのかどうか、コーチのだれもが心配した」と振り返る。

■繰り上げ出場であっても、出る以上は日本代表としての責任!

 しかし、大阪・吹田市民教室時代から全国に名をとどろかせたレスリング・エリートは、この挫折に埋もれてしまう選手ではなかった。「8月ごろから気持ちが盛り上がってきました。負けた悔しさを感じるようになって、それをはね返す気持ちが出てきました」と言う。

 今ではアジア大会の金メダルしか見えない。その向こうには、2012年ロンドン五輪の金メダル−。「国内大会を勝っての日本代表ではありません。でも、外国選手はそんなことは知らない。出る以上は、日本代表としての責任があります。勝たなければならない大会だと思っています」ときっぱり
(左写真=全日本合宿で練習する西牧)

 国際大会の間隔は空いてしまったが、五輪チャンピオンの伊調や世界V4の山本と闘う緊張感は、国際大会のそれと比べてそん色ない。オリンピックのマットでは、今回以上の緊張感があるはず。そのための予行演習と考えれば、この緊張感を経験できることに感謝してもいいだろう。

 「これだけの(国際大会の)ブランクがあっても勝つことができれば、大きな自信になると思うんです」と必勝を誓う西牧。昨年の世界選手権準決勝のシャリギナ戦の内容は最高の出来だったそうで、「その時の動きを取り戻しつつあります。あの時の力を出すと言い聞かせて闘います」と力を入れた。

 一般的に「エリートはつまずいた時に弱い」と言われる。そんなエリートばかりではない。どん底から必死にはい上がっていくエリートがいて、エリートでもこれだけ苦労しなければ勝てないという現実を、西牧にはぜひとも見せてほしいところだ。

西牧未央(にしまき・みお)=至学館大大学院
 1987年7月15日、大阪府生まれ。23歳。吹田市民教室出身。愛知・至学館高卒。大阪・吹田市民教室時代から全国に名をとどろかせ、全国少年選手権7年連続優勝。中学時代は2000年から3年連続で全国大会二冠(全国中学生選手権・全国女子中学生選手権)を制した。2004年ジャパンクイーンズカップ59kg級で優勝。2005年はアジア・ジュニア選手権と世界ジュニア選手権の63kg級で優勝した。
 2006年もJOC杯ジュニア選手権で勝ち、世界ジュニア選手権で優勝。59kg級の全日本チャンピオンに輝いたが、2007年世界選手権出場は逃した。同年全日本選手権は67kg級で優勝。2008年に世界選手権初出場で初優勝を飾り、63kg級で初の全日本チャンピオンに輝いた。2009年も世界選手権優勝。しかし同年の全日本選手権は復帰してきた伊調馨に敗れるなどし、2010年は世界選手権の代表を逃した。160cm。


 ◎西牧未央の最近の主な国際大会成績


 《2009年》
 
【9月:世界選手権(デンマーク)】優勝(25選手出場)
決  勝 ○[2−0(1-0,8-1)]Lubov Volosova(ロシア)
準決勝  ○[2−0(3-0,5-0)]Elena Shalygina(カザフスタン)
3回戦  ○[2−1(0-1,1-0,1-0)]Stefanie Stuber(ドイツ)
2回戦  ○[2−0(2-0,2-1)]Olesja Zamula(アゼルバイジャン)
1回戦   BYE

 
【7月:ゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)】優勝(10選手出場)
決  勝 ○[2−0(TF7-0=1:43,3-0)]Lyubov Volossova(ロシア)
準決勝  ○[2−0(1-0,2-0)]Monika Michalik(ポーランド)
2回戦  ○[2−0(4-0,4-0)]Paulina Grabowska(ポーランド)
1回戦   BYE

 
【6月:オーストリア・オープン(オーストリア)】優勝(11選手出場)
決  勝 ○[2−0(5-0,5-0)]Justine Bouchard(カナダ)
準決勝  ○[2−0(TF7-0=0:54,TF10-2=1:34)]Tamara Wittenwiler(スイス)
2回戦  ○[2−0(3-0,TF6-0=0:27)]Fabienne Wittenwiler(スイス)
1回戦  ○[フォール、2P=0:57(2-0,F5-0)]Paulina Grabowska(ポーランド)

 
【5月:アジア選手権(タイ)】優勝(10選手出場)
決  勝 ○[フォール、2P(2-0,F7-0)]Wilaiwan Thongkam(タイ)
準決勝  ○[2−0(9-4,3-0)]Thi quyen Luong(ベトナム)
2回戦  ○[2−0(1-0,1-0)]Suman Kundu(インド)
1回戦   BYE

 
【3月:ワールドカップ(団体戦=中国)】個人順位4位
3決戦 ○[2−1]Alla Cherkasova(ウクライナ)
3回戦 ○[2−0(TF8-2=1:52,2-0)]Elena Pirozhkov(米国)
2回戦 ○[2−0(4-0,TF7-0=1:32)]Volha Hlebik(ベラルーシ)
1回戦 ●[1−2(1-0,0-1,1-1l)]Meng Lili(孟麗麗=中国)

 《2008年》
 
【10月:世界女子選手権(東京)】優勝(20選手出場)
決  勝 ○[2−0(5-0,4-0)] Volosova Lubov(ロシア)
準決勝  ○[2−0(3-0,1-0)] Zamula Olesia(アゼルバイジャン)
3回戦  ○[フォール、1P1:56(6-2)]Meng Lili(孟麗麗=中国)
2回戦  ○[2−0(4-0,4-0)]Grabowska Paulina(ポーランド)
1回戦   BYE

 
【1月:ワールドカップ(団体戦=中国)】
3決戦 ●[0−2(0-3,0-1=2:05)]Yelena Shalygina(カザフスタン)
3回戦 ●[0−2(2-2L,1-2)]Sara Mcman(米国)
1回戦 ○[2−0(1-0,4-0)]Yuliya Ostapchuk(ウクライナ)

 《2007年》
 
【3月:ワールドカップ(団体戦=ロシア)】個人順位2位
決 勝 ●[1−2(1-0,0-2,0-1)]Jing Ruixue (中国)
2回戦 ○[2−0(6-0,2-0)]Stephanie Gross (ドイツ)
1回戦 ○[2−0(3-0,5-2)]Olga Khilko (ベラルーシ)

 

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