【特集】世界選手権へかける(6)…男子フリースタイル55kg級・稲葉泰弘(警視庁)【2010年8月13日】

(文=樋口郁夫)


 今年5月のアジア選手権(インド)で、世界チャンピオンを破って優勝した日本選手がいた。その選手は、7月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)でも表彰台の一番上に立った。今や、日本が世界に誇れる階級のひとつになった男子フリースタイル55kg級。

 しかし、今年の世界選手権同級に出場するのは、その日本選手ではない。国内大会で、その選手こと湯元進一(自衛隊)を破って日本代表権を勝ち取った稲葉泰弘(警視庁=
左写真)だ。5月の全日本選抜選手権決勝で湯元に敗れながらも、プレーオフで勝ち、世界への道を切り開いた。

■最後の実戦練習のゴールデンGP決勝大会で弱点を再発見

 専大2年生の冬(2005年2月)に全日本チームの欧州遠征に選抜され、世界の闘いを本格的に経験した。以来、2007年を除いて冬の海外遠征は毎年参加。常に世界を見つめて闘い、2005年の世界ジュニア選手権(リトアニア)で銀メダルを獲得、2008年の世界学生選手権(ギリシャ)は金メダルに輝き、実績を残してきた。

 やっと勝ち取った世界選手権の日本代表。「まだ緊張感とかは感じていません」とのことだが、「モチベーションは高くなっています」と言う。初出場のプレッシャーを感じることもなく順調に仕上がっているようだ。

 7月のゴールデンGP決勝大会では準決勝で湯元に敗れた。両者の実力は拮抗(きっこう)状態。両者のライバル関係はこの後も続きそうだが、今年は稲葉が世界選手権に出場し、“間接対決”での勝利を目指す
(右写真=5月の全日本選抜選手権で湯元を破った稲葉)

 「今年に入っての国際大会は、すべて3位決定戦で負けている。このあたりでメダルを手にしないとなりません」。世界選手権出場を逃した昨年は、ゴールデンGP決勝大会を含めて出場した3つの国際大会でメダルを手にしていた。それだけに、結果を求める大会ではないにしても、メダルなしの大会が続いていることは、もどかしい様子だ。

 もっとも、メダルを取れなかった大会の中からも、課題はきちんと見つけている。今年のゴールデンGP決勝では、昨年の同大会で敗れた2008年北京五輪5位のナミグ・セブディモフ(アゼルバイジャン)に勝ち、北京五輪8位のベサリオン・ゴチャシビリ(グルジア)に敗れているが、「2人とも守ってくるタイプ。そういう選手からポイントを取ることがなかなかできないことが分かった」と、自分の弱点があらためて分かった。残る1ヶ月足らずの期間、その課題の克服に努める。やはり国際大会の経験は貴重だ。

■ずば抜けた強敵はいないが、“安全パイ”も少ない階級

 現在のこの階級は群雄割拠の戦国時代。北京五輪前のディルショド・マンスロフ(ウズベキスタン)やベシク・クドゥコフ(ロシア)といった首ひとつ抜け出ているような選手がいない(両選手とも60kg級へアップ)。抜群な強さで世界王者になったヤン・キョンイル(北朝鮮)も、今年のアジア選手権では湯元に敗れた。研究されてくる今年の世界選手権は、上位に残れるだけの強さがあるのかどうか。

 ずば抜けた選手がいないことで、稲葉は「チャンスですね」と言う。一方で、その状況は的を絞れないことを意味し、初戦から強豪とぶつかる可能性も高くなる。「1回戦から気が抜けません」と、“安全パイ”のない闘いを覚悟している
(左写真=専大などとの合宿で練習する稲葉)

 男子フリースタイル55kg級は、佐藤満強化委員長(専大教)が「日本代表なら、だれであっても
メダルが期待できる階級」と太鼓判を押す階級。稲葉も「(日本選手が2人出場する)国際大会の上の方で日本選手と当たることがよくあった。お互いに勝ち上がっているからなんですね」と、日本代表=世界のトップということを直に感じている。

 佐藤強化委員長は、少なくともフリースタイル軽量級は「日本代表なら、だれであっても
金メダルが期待できる階級」を目指している。その目標を達成するためにも、今回は金メダル、最低でもメダル獲得を実現してほしいところ。

 「(前述の)弱点克服とけがをしないことが大会までの課題。ちょっとしたけがでも、必ず響きますから細心の注意を払いたい」。佐藤強化委員長の教え子は、最後の調整にかけている。


 稲葉泰弘(いなば・やすひろ)=警視庁、初出場
 1985年10月21日、茨城県生まれ、24歳。茨城・霞ヶ浦高〜専大卒。高校時代の2003年に全国高校選抜大会とインターハイで優勝。専大に進み、1年生の04年の全日本選手権で3位入賞。05年にJOC杯ジュニアオリンピックで勝ち、世界ジュニア選手権で銀メダル獲得。全日本選手権は2位。
 06年は全日本学生選手権で優勝。07年は学生二冠を制覇するなど成長し、2008年に世界学生王者に輝いた。全日本のタイトルにはあと一歩及ばない状態が続いていたが、08年の全日本選手権は2位に入賞。09年の全日本選手権で初優勝。162cm。



 ◎稲葉泰弘の最近の国際大会成績

 
《2010年》
 
【7月:ゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)】5位(21選手出場)
3決戦 ●[0−2(0-1,0-1)]Besarion Gochashvili(グルジア)
準決勝 ●[0−2(TF0-6,0-1)]湯元進一(自衛隊)
3回戦  ○[2−1(0-1,1-0,1L-1)]Namig Sevdimov(アゼルバイジャン)
2回戦  ○[2−0(1-0,TF9-2)]Yashar Aliyev(アゼルバイジャン)
1回戦   BYE

 
【3月:メドベジ国際大会(ベラルーシ)】5位(28選手出場)
3決戦  ●[0−2(0-1,TF0-7)]Dzhamal Otarsultanov(ロシア)
準決勝 ●[フォール、2P(3-0,F3-7)]Ghenadie Tulbea(モナコ=前モルドバ)
2回戦  ○[2−1(0-4,3-1,@-1)]Adama Diatta(セネガル)
1回戦  ○[2−0(2-0,TF7-1)]Hamaza Fatah(フランス)

 【1月:ヤリギン国際大会(ロシア)】5位(36選手出場)
3決戦  ●[1−2(0-1=2:04,2-1,2-3)]田岡秀規(自衛隊)
敗復戦 ○[2−0(5-2,3-1)]Surun(ロシア)
4回戦  ●[0−2(2-AB,0-2)]Israpilo(ロシア)
3回戦  ○[2−0(2-0、TF6-0=0:53)]Alimbaev(キルギス)
2回戦  ○[2−0(1-0=2:08,2-0)]Ivanov(ロシア)
1回戦   BYE

 
《2009年》
 【7月:ゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)】
2位(7選手出場)
決  勝 ●[0−2(0-1,0-3=2:07)]Namik Sevidmov(アゼルバイジャン)
準決勝 ○[2−1(1-6,1-1,2-0)]Rizvan Gadshiev(ベラルーシ)
3回戦  ○[2−0(3-0,2-0)]Adcham Achilov(ウズベキスタン)
2回戦  ○[2−0(2-0,3-1)]Yaser Khalpour(イラン)
1回戦   BYE

 
【2月:ダン・コロフ国際大会(ブルガリア)】優勝(18選手出場)
決 勝  ○[2−0(1-1,3-0)]John Pineda(カナダ)
準決勝 ○[2−1(3-0,4-4,3-2)]Naranbaata Bayara(モンゴル)
3回戦  ○[2−1(2-0,1-2,3-1)]湯元進一(自衛隊)
2回戦  ○[フォール、2P1:02(3-0,F5-0)]Krum Chuchurov(ブルガリア)
1回戦   BYE

 【2月:ヤシャ・ドク国際大会(トルコ)】2位(33選手出場)
決  勝 ●[1−2(0-2,TF6-0,0-1)]湯元進一(自衛隊)
準決勝 ○[2−0(2-1,2-0]Verkebala Turganbayev(カザフスタン)
3回戦  ○[2−0(1-0,1-0)]Naranbaatar Bayaraa(モンゴル)
2回戦  ○[2−0(1-0,4-0)]Mahmut Bayoglu(トルコ)
1回戦  ○[2−1(TF0-6,2-2,5-3)]Andreev Vladislav(ベラルーシ)

 《2008年》
 
【7月:世界学生選手権(ギリシャ)】優勝(11選手出場)
決  勝 ○[2−0(3-1,3-1)]Mikhail Zakharov(ロシア)
準決勝 ○[フォール、2P1:09(3-0,6-1)]Alexandre Chirtoaca(モルドバ)
2回戦  ○[フォール、2P0:38(@L-1,3-0)]Vladislav Andreev(ベラルーシ)
1回戦  ○[2−0(8-1,7-0)]Mahmut Bayoglu(トルコ)

 
【2月:デーブ・シュルツ国際大会(米国)】5位
敗復戦 ●[0−2(2-,1-2)]Nick Simmons(米国)
準決勝 ●[0−2(0-3,0-1)]Gadzhiev Rizvan(ベラルーシ)
3回戦  ○[2−0(1-1,1-0)]Stephen Abas(米国)
2回戦  ○[2−1(TF3-4,TF6-0,TF6-0)]Obe Blanc(米国)
1回戦  ○[2−0(4-2,3-3)]Walkowiak Mariusz(ポーランド)

 《2007年》
※国際大会出場なし

 

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