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【特集】巻き返しにかける2010年世界銅メダリスト…男子フリースタイル55kg級・稲葉泰弘(警視庁)
【2011年1月24日】


(文=保高幸子)



 2010年、世界に名をとどろかせた日本の男子フリースタイル選手といえば、稲葉泰弘(警視庁)をおいて他にいないだろう。初めて日本代表を勝ち取って出場した9月の世界選手権(ロシア・モスクワ)と11月のアジア大会(中国・広州)で、ともに銅メダルを獲得。世界中に「INABA」の名を知らしめ、この階級の強豪に「INABA」の存在を意識させることになった(右写真=世界選手権の3位決定戦で勝った稲葉)

■世界王者は、昨年4月に勝っていた相手

 世界選手権で優勝したビクトル・レベデフ(ロシア)は前年4月に破っていた相手であり、世界の頂点は遠くないと思えた年だった。しかし、その稲葉が12月の全日本選手権で不覚を取った。稲葉の2012年ロンドン五輪金メダルの夢に立ちはだかるのは、世界の強豪よりも、今までも苦しめられてきた国内のライバル達。中でも、2008年北京五輪銀メダルの松永共広(ALSOK)、2010年アジア選手権で前年の世界王者を破って優勝した湯元進一(自衛隊)の2人の存在が大きい。

 「誰が出場してもメダルが取れる」とまで言われるようになったこの階級では、日本で勝ち上がることの方が大変かもしれない。それを証明するかのように、稲葉は全日本選手権では準決勝で松永に敗れ
(左写真)、決勝に上がることすらできなかった。世界選手権やアジア大会で見せた稲葉らしいレスリングではなく、「足が動いていない、と周りにも指摘されました」というほど動けていなかった。

 アジア大会から1ヶ月足らずで迎えた大会ということもあって、稲葉に限らす代表組に疲れが見えていたのも確か。「大会に向けて調子が上がらなかったので、不安でした」と言うように、9月以降のタイトな大会日程の影響が少なからずあったようだ。それでも、日程を言い訳にするわけではない。

■強豪ひしめく世界の55kg級より、「日本の方が緊張します」

 収穫と言えるものもある。2006年3月のダン・コロフ国際大会(ブルガリア)決勝以来の対戦となった松永戦は、敗戦直後は涙で言葉を詰まらせたものの、「取りにいって返されたのは、そこにまだ隙(すき)があるから」と課題を見つけた。時間が経ってみると、前回対戦した時の自分と比べることができた。「自分の力が上がった事を実感しました」と、この4年間、自分が築いてきたものへの自信につながった。

 世界選手権とアジア大会の2度の大舞台で自分のレスリングを発揮し、負けたあとも敗戦を引きずることなく、3位決定戦へ向けて気持ちを切り替えることができた。この経験も、松永戦の黒星を引きずっていないことにつながっているかもしれない。

 55kg級にはアジア大会の準決勝で敗れたヤン・キョンイル(北朝鮮=2009年世界王者)や、いったん60kg級に上げたものの、今秋から階級を下げてきたディルショド・マンスロフ(ウズベキスタン=2003・05年世界王者)などがロンドン五輪を狙う。しかし稲葉は「世界選手権より、日本の方が緊張します」と言う。世界の頂点を、ここ日本で争っているようなものだから、それも当然だろう。

 強豪ひしめく中、ここからロンドン五輪に出られるのは、たった1人。勝ち抜くには何が必要なのか。志を同じくするライバルに勝つには、「自分のレスリングはでき上がっていて、あとは微調整ですね。精度を上げていかなければ。湯元選手は力が強い。僕は僕の得意なレスリングで頑張ります」と言う
(右写真=全日本選手権で練習する稲葉)

■ロシア最高レベルの国際大会出場も、今の照準は4月の全日本選抜選手権

 25日からは、ロシア最高レベルの国際大会「ヤリギン国際大会」出場のため、シベリアへ向かう。昨年に続いて貴重な経験となるが、「4月の全日本選抜選手権で優勝して、プレーオフに勝って、世界選手権の代表を獲るまでは国内のことだけを考えます。世界選手権に出られなかったら何の意味もないですから」。国内で勝つことが、そのまま世界のメダルへの道だ。

 稲葉には、確実にロンドン五輪の金メダルが見えている。そのために、やるべきことも。全日本選抜選手権(4月29〜30日、東京・代々木競技場第2体育館)は真価が問われるところ。今回の敗戦をバネに、ロンドン五輪へ向けた大きなジャンプを見せてもらいたい。

 

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