2011年全日本チーム記事一覧


【特集】スーパールーキーに試練の季節…男子グレコローマン120kg級・前川勝利(早大)
【2011年6月9日】


(文=増渕由気子)



 世界選手権(9月、トルコ・イスタンブール)の代表選考を兼ねた4月末の明治杯全日本選抜選手権のグレコローマン120kg級を、18歳ながら優勝した前川勝利(早大1年、現在は19歳)の台頭は衝撃的だった(右写真=優勝を決めた直後の前川)

 準決勝で2年連続世界選手権代表の新庄寛和(自衛隊)にテクニカルポイントを与えず撃破すると、決勝では2008年全日本選手権優勝の中村淳志(奈良県協会)からこん身のローリングを奪って2−0のストレートで快勝! 10代でこの大会を制したのは、2002年の田中章仁(当時専大、19歳)に次ぐ快挙で、グレコローマンに限れば初。最年少の全日本選抜王者の誕生だった。

■大会史上最年少の18歳で全日本選抜王者へ

 まさか−。歓喜と悲鳴の中で、前川が自力で新しい時代の扉を開いた。大会の1ヶ月前までは茨城・霞ヶ浦の高校生で、この春、早大に入学したばかり。3月の東日本大震災の影響で、3、4月はスケジュールが大幅に乱れ、練習も十分にこなせない部分もありながら、18歳での全日本選抜チャンピオンの座をつかんだのは
(左下写真)、快挙という言葉しか見つからない。

 残念ながらプレーオフでは、2008年の北京五輪出場を逃し来年のロンドン五輪出場にかけている新庄の意地に屈したが、全日本にニューフェイスが誕生した瞬間だった。手足が長く、身長186cmと恵まれた体格。昨年の高校五冠王者(全国高校選抜大会、JOC杯ジュニア、インターハイ、全国高校生グレコローマン選手権、国体)であり、高校の年間MVPの前川は、すでに「基本的に練習はグレコローマンのみです」と、スタイルを絞って練習を積んでいる。

 一般的な大学選手は、1、2年生で両スタイルをこなし、3年生の頃から専門を絞っていくが、前川にはグレコローマン重量級ホープとしての“特別カリキュラム”がほどこされているようだ。

 全日本選抜選手権での優勝もつかの間、5月中旬には東日本学生リーグ戦があり、早大のレギュラーとして出場。この大会はフリースタイルということもあって全勝とはいかなかったが、ルーキーとして最低限の仕事はこなした。現在は全日本合宿に参加して、グレコローマンの実力を養成している。

 早大にグレコローマン専門のスタッフはいない。そのため、前川にとって全日本合宿はグレコローマン追及の貴重な機会。「ひざの使い方など細かい技術練習はためになることばかり」と目を丸くする。

■全日本合宿でグレコローマンの奥深さを実感

 同級のエースである新庄とのプレーオフは、「技術の差で負けた」と敗因を分析する。「第2ピリオド、ローリングのディフェンスに回った時のことです。足を開いて守ろうとしたら、右足の横に足を置かれ、足が開けずにローリングを防げなかった。こんなこと初めてでした」と興奮気味に振り返る
(右写真)。フリースタイルが主体の高校レスリング界を終えたばかりの前川にとって、全日本合宿はグレコローマンの奥深さを感じた毎日。一気にその魅力に引き込まれ、練習の意欲は高まるばかりだ。

 だが、全日本合宿に参加している前川は、ちょっとお疲れ気味。入学のあと、4月末からJOC杯ジュニアオリンピック、全日本選抜選手権、東日本学生リーグ戦と続き、2ヶ月で3大会こなした。

 さらに、全日本合宿を終えて5日後の16日には、カザフスタンで行われる「カザフスタン・プレジデント・カップ」に選抜されて出発。7月下旬には世界ジュニア選手権(ルーマニア)と2度の海外遠征が待っている。スーパールーキーの前川でもこの状況に、「少し、しんどいです…」と本音が飛び出した。

 レスリングの練習や試合続きなのが辛いのではない。前川を取り巻く環境が、“のどかな茨城”から“せわしい東京”に変わったことが前川の悩みの種だ。キャンパス、寮、練習場へ慣れない電車通学を始めたばかり。「学校や試合、何にするにも電車で移動しなければならない。東京の満員電車は大変。高校までは、時間通りにバスに乗って寝ていたら試合会場に到着していたのに…」と学生生活の壁にぶつかっている。

■現在の課題は全日本と学生生活の両立

 震災の影響も前川の悩みに拍車をかけてしまった。早大は安全対策として前期授業開始を1ヶ月ずらして5月上旬に開講した。前川に限らず1年生は大学生活に慣れる間もなく、リーグ戦や全日本合宿と忙しい生活が始まってしまった。

 早大の先輩たちは「練習場と大学、合宿所が近すぎないところがメリット。電車での移動時間でリフレッシュできます」と口をそろえるが、前川はまだその段階ではないようだ。「体重も早大に来たとき130kgあったんですが、JOC杯で減量したあと戻らなくて、今は120kg切っています」と告白した。
(左写真=全日本合宿で練習する前川)

 もっとも、自己管理は大学生にとって重要なタスクとなる。初体験のナショナルチームでの生活と、慣れない学生生活の両立はできるのか? “強すぎる早大のビッグボーイ”が試練を乗り越え、重量級の伝説を作り上げる!


 

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