2011年全日本チーム記事一覧


【特集】2年前に鮮烈デビューを果たした逸材、世界へ再挑戦…女子59kg級・伊藤友莉香(環太平洋大)
【2011年5月日】


(文=樋口郁夫)



 2008年北京五輪が終わり、ロンドン五輪への道の元年となる2009年春、1人の女子選手が全日本チームに鮮烈デビューを果たした。59kg級の伊藤友莉香(環太平洋大=当時1年、右写真)。年度初めのジャパンビバレッジ・クイーンズカップで前年の世界ジュニア選手権63kg級3位の佐藤文香、全日本チャンピオンの山名慧、前年アジア選手権3位の梶田瑞華を連破して決勝へ進出。

 世界V4の正田絢子に敗れて殊勲は逃したが、この快進撃が評価されて5月のアジア選手権(タイ)に選抜され、見事に優勝してみせた。キッズ教室の名門、吹田市民教室から強豪の京都・網野高を卒業。前年のアジア・カデット選手権(ウズベキスタン)や全国高校女子選手権で優勝しているので、“無名”というわけではなかったが、シニアの世界でここまで鮮烈なデビューを飾った選手は、最近ではいなかった。

 しかし、それから2年、「伊藤友莉香」という名前がシニアの日本代表に名を連ねることはなかった。昨年は3学年下でレスリングのキャリアも大きく違う村田夏南子(JOCアカデミー/東京・安部学院高)に敗れて世界ジュニア選手権の出場を逃すなど、人生初めてとも言えるつまずきを経験。忘れ去られる存在にさえなりかけた
(左写真=あわやフォール負けに追い込まれた伊藤)

 しかし今年4月、全日本選抜選手権で2位に復活。それに先立つジュニアクイーンズカップで優勝し、2年ぶりに世界ジュニア選手権(7月下旬、ルーマニア)に挑む。「去年出場できなかった悔しさをすべてぶつけ、優勝を目指します。今年一番の目標です」。若くして台頭した選手が必ずと言っていいほどぶつかる壁。それを乗り越え、スタートラインに戻って新たな挑戦が始まる。

■18歳で君臨したアジア・チャンピオンで、向上心がなくなった

 伊藤はこの2年間を振り返り、「最初にいい結果を残し、アジア選手権でも優勝して、それに満足したというか、自分の力を過大に思ってしまいました。向上心をなくしていましたね」と正直に話してくれた。「こんなもんか」というなめた気持ちはなかったというが、「このままでいいんだ」という気持ちは間違いなくあったという
(右下写真=2009年アジア選手権決勝で中国選手を破った伊藤)

 その3ヶ月後には世界ジュニア選手権(トルコ)で銅メダルを獲得した。シニアのアジア・チャンピオンなら、世界ジュニア選手権では優勝しなければ“後退”と考えるべきかもしれないが、“世界のメダル”という事実が、その気持ちを芽生えさせなかった。8月の全日本学生選手権でも優勝。暮れの全日本選手権は3位だったが、負けた相手が正田だったことと。ラストポイントとクリンチで負けた惜敗だたため、挫折感を味わうことなく2009年を終えた。

 つまずきは翌年春にやってきた。4月のJOC杯でレスリングのキャリア1年の村田にまさかの0−2の黒星。年下の選手に負けたのは初めてだったそうで、この1年間、まったく成長していない事実を痛感。そのショックは、続く全日本選抜選手権で前年の殊勲の白星を挙げた山名慧に雪辱され、夏の全日本学生選手権では佐藤文香にもリベンジされるという屈辱につながっていく。10月の世界学生選手権(イタリア)では2位になったものの、「決勝は勝てた試合でした…」と銀メダルを喜ぶ気持ちにはなれず、「いい思い出のない1年間になりました」と振り返る。

■ジュニア最後の年、目標は世界ジュニア・チャンピオン

 しかし、このまま終わる選手ではない。環太平洋大の嘉戸洋監督は「気持ちの弱い子なら、ここで立ち直れなくなったかもしれません。でも気持ちの強い子だから…」と話し、今年の再飛躍を見てくれ、と言わんばかり。沈んでいた時も「レスリングをやめようとか、情熱をなくしたとかほどの落ち込みではなかった」と説明し、必ず再起してくれると信じていたという。

 再起を目指す伊藤にひとつの有利な材料があった。ジュニアの年齢は生まれた年で決められるので、大学3年生になっても早生まれの選手は出場できる。3月生まれの伊藤はこれに該当し、今年もJOC杯ジュニアオリンピックに出場。年下の選手を相手に無失点で圧勝優勝を遂げた。村田は55kg級に出場したためリベンジはならなかったが、世界ジュニア選手権への出場権を獲得し、再び世界へ挑戦できることになった。

 その勢いは全日本選抜選手権でも続いた。準決勝で昨年チャンピオンの島田佳代子(自衛隊)を破って決勝へ進出。斉藤貴子(自衛隊)相手に第3ピリオド、1ポイント差で敗れて優勝は逃したものの、「2位」は2年前と同じ成績。飛躍の場所に戻ってきたと言えるだろう
(左写真=今年の全日本選抜選手権決勝で闘う伊藤)

 前回と違うところは、「(決勝は)内容も自分が負けていた。まだまだという場所にいます」と、浮かれたところがないこと。惜敗であっても、負けは負け。「やればできる、という手ごたえは感じた」と言いつつも、心のすきが入る余地をつくっていない。

■ロンドン五輪は狙わず、2016年リオデジャネイロ五輪へ向けてじっくり実力養成

 むしろ、村田、斉藤と元柔道選手に負けたことで、自分の欠点がより明白に見えてきた。「昔から投げを怖がるところがありまして、苦手な面です」と言う。嘉戸コーチは「気持ちからくる技術的な欠点です。気持ちで負けているから腰が引けてしまっている」と分析する。

 また、シニア・デビューを果たしてからの2年間で、対外国選手の課題も見つけている。「最初は、外国選手に対して取れなくても思い切りがあったけど、何回かやっていくうちに返されたり、つぶされたりして、入るのが怖くなった。勇気をもって入り、入ったら取り切ることを徹底したい」。世界で勝つために、やるべきことはしっかりと把握している。同じ“日本代表にあと一歩”であっても、世界へ飛び出る意識には雲泥の違いがある。

 今年下半期の目標は、世界ジュニア選手権と全日本選手権の優勝。全日本選手権では、ロンドン五輪へつながる階級を狙わず、59kg級出場に決めている。目標は2016年リオデジャネイロ五輪であり、そのために「まず全日本チャンピオン」が目標だからだ。

 全日本合宿では当面の目標である斉藤に積極的に挑み、時に五輪チャンピオンの伊調馨へも挑戦。63kg級で世界ジュニア選手権に出る渡利璃穏(至学館大)は、リオデジャネイロ五輪の日本代表を争う選手かもしれず、スパーリングは1本1本に熱がこもる
(右写真)

 勢いで世界へ出た2年前とは違う。地に足をしっかりとつけた伊藤の再挑戦が始まる。

 

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