2011年明治杯全日本選抜選手権記事一覧


【特集】山梨学院大出身の“崖っぷち兄弟”、森川一樹&奈良部嘉明
【2011年4月28日】


(文=増渕由気子)



 レスリングを仕事として就職する、いわゆる職業レスラーの道は、限られたエリートしか勧めない狭き門だ。それでも「レスリングが好きだから」「五輪に出たいから」と、アルバイトで生計を立てて夢を追いかける選手もいる。

 山梨学院大OBの森川一樹(グレコローマン74s級)と奈良部嘉明(フリースタイル74s級)も、今しかできない夢を必死に追いかけている
(右写真:森川=右=と奈良部)。ともに、茨城・霞ヶ浦高から山梨学院大に進学。高校時代は団体優勝、大学でも東日本学生リーグ戦で優勝を経験。エリート街道を歩んだ選手だが、卒業後の実業団入りはかなわなかった。

■森川は五輪直前にスタイル変更! 「好きなことやりたかった」

 卒業2年目の森川は、大学4年の全日本大学選手権フリースタイル66s級で優勝するなど実績を残してきたが、今回の全日本選抜選手権からグレコローマンに転向する。

 フリースタイルを専門にしながら、大学1年(2006年)の国体グレコローマン66kg級では元全日本選抜王者の伊是名正旭(沖縄)から白星を挙げ、同年の全日本大学グレコローマン選手権では学生王者の藤村慎平(当時日体大)を破った経歴を持つ。「グレコローマンの方が向いている」と周囲に転向を勧められるほど、両スタイルに長けた選手だった。

 だが、フリースタイルでも抜群の成績を残していたため、「グレコ転向の必要がない」とジュニア卒業後もフリースタイルを専門にしてきた。
(左写真=2008年全日本選手権決勝で米満達弘と闘う森川)

■厳しい現実を承知でグレコローマンへの転向を決断

 昨年12月の全日本選手権がフリースタイルへの未練を断ち切るきっかけとなった。決勝の舞台には、2010年アジア大会王者の米満達弘(自衛隊)と2006年アジア大会2位の小島豪臣(K−POWERS)と実力伯仲の2人が立っていた。この2人は、米満がタックル中心の選手で、小島が組み手巧者と正反対。その中で、ポイントを奪い、勝利を奪ったのはタックルができる米満だった。「僕の長所は、スタンドの押しや差しで、タックルはないし、足を触られると弱い」とフリースタイルの限界を見てしまった。

 スタンドの押しと差しを生かして大好きだったグレコローマンで勝負をかけてみたいという気持ちを抑えることはできなかった。「ロンドン五輪へという気持ちよりも、長くレスリングをやりたいんです。グレコローマンですぐに結果が出るとは思っていない。一からの出発です」と、厳しい現実も承知の上で選んだ道だ。

 「得意のスタンドがグレコローマンでどこまで通用するか分からない。でも、グレコローマンでレスリングを続ける環境を手に入れるために頑張ります」。

■奈良部は「今辞めたら後悔する」からとレスリング漬けの毎日

 森川の一つ上の先輩の奈良部も、卒業3年目を迎えた今も、「今辞めたら後悔する」とアルバイト生活でレスリング競技を続けている。専門のフリースタイルでは高校、大学と全国タイトルにはあと一歩で手が届かなかったが、2009年の全日本選抜選手権では2年前の世界選手権代表の萱森浩輝を倒すなど、こちらも全国トップレベルの実力者であることは間違いない。

 だが全日本選抜選手権は3位が最高成績。減量もきつく、昨年12月の全日本選手権では計量失格に終わってしまった。「84s級で勝負をかけてみよう」と階級アップを考えていた時に、転機が訪れる。今年2月の「シャヒード・バカト・シン国際大会」(インド)の選抜メンバーに選出された。

 久々の海外遠征で気合スイッチが入った奈良部は、74s級で2位と好成績を残した
(右写真)。「この遠征でモチベーションがすごく上がった。やっぱり、74s級は自分の階級だ!」と、見切りをつけかけていた同級で、今後も挑戦することを決めた。

■レスリングを中途半端にしたくない!

 大学を卒業して3年目で、就職はせずにレスリングを続けているのは、「レスリングを中途半端にしたくないから」。夢を捨て切れないのは、74s級の顔ぶれに理由がある。

 全日本王者の長島和幸(クリナップ)、2番手の実力を持つ高橋龍太(自衛隊)ともに今年で30歳の大台を踏む。昨年国体王者の鈴木崇之も20代後半と、経験を積んだベテラン勢がベスト4の指定席に居座っている現状を見ると、「自分が倒して世代交代しないといけない」という使命感が沸いてくる。

 同じ境遇の森川とは互いに励まし合いながら、練習を積んでいる。「高校、大学が同じで、もう兄弟みたいな存在ですから。自分も今回すごくいい調整ができてるし、森川も頑張っている。2人そろって優勝できるように頑張ります!」 “崖っぷち兄弟”森川&奈良部のブレイクなるか―。

 

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