2011年明治杯全日本選抜選手権記事一覧


【特集】明治杯全日本選抜選手権・男子フリースタイル74kg級・高橋龍太(自衛隊)
【2011年5月5日】


(文=渋谷淳、撮影=矢吹建夫)



 明治杯全日本選抜選手権のフリースタイル74s級は高橋龍太(自衛隊=右写真)が本戦で初優勝。アジア大会銀メダルで、この階級の第一人者、長島和幸(クリナップ)の3連覇を阻み、続くプレーオフでも長島を下し、悲願の世界選手権初出場を決めた。

 1982年1月13日生まれで、世界選手権のマットに立つときは「29歳8ヶ月5日」。日本レスリング史上、世界大会に初出場した年齢としては、1976年モントリオール五輪の菅芳松(30歳6ヶ月18日=グレコローマン57kg級)、1994年の三宅靖志(30歳6ヶ月13日=グレコローマン68kg級)、1983年の長島偉之(30歳3ヶ月30日=フリースタイル82kg級)、1973年の桜間幸次(30歳1ヶ月22日=グレコローマン57kg級)に続き、5番目の遅咲き記録となる。

■被災地で命をかけている自衛隊員に送った闘魂!

 「命がけで闘いました」。優勝後のインタビューでマイクを向けられた高橋がそう切り出すと、その少しおどけたような口調からか、場内は笑いに包まれた。しかし高橋は決しておどけていたわけではない。「命がけで闘った」は本心だった。3月11日に発生した東日本大震災で、自衛隊の同僚は続々と現地入りし、行方不明者の捜索、がれきの撤去作業など、被災地復興のために、それこそ命がけで汗を流している。「本当は僕らも行かなくちゃいけない。そういう思いを込めて今日は闘いました」。気迫のこもったレスリングは、自衛官としてのプライドの爆発でもあった。
(左写真=プレーオフで闘う高橋)

 長野・上田西高校から拓大に進学し、卒業後に自衛隊の門をくぐった。レスリング選手としてエリートコースを歩みながら、同期に長島という逸材が存在したこともあり、ビッグタイトルにはなかなか恵まれなかった。

 結果が出ず、肩身の狭い日々が続いた。自分よりも若い選手が次々とタイトルを獲得し、世界の大舞台にステップアップしていく。結果を残せず早々と引退していった仲間もいる。苦しい状況の中、高橋は腐りそうになる心を奮い立たせ、屈辱をエネルギーにしてトレーニングに打ち込んだ。2007年に国体で優勝。2009年の全日本社会人選手権では男子フリースタイルの最優秀選手に選ばれたが、その歩みはいかにも遅い。「もうあとがない」。覚悟を決めて迎えたのが、今年の明治杯全日本選抜選手権だった。

■「世界選手権に出るだけではダメ」ときっぱり

 背水の陣で高橋は開き直った。弱気の虫を封印し、今までとは見違えるようなアグレッシブなレスリングを展開した。長島をはじめとするライバルたちを撃破して優勝すると、圧巻は長島との再戦となったプレーオフだった。第1ピリオドを先制される苦しい展開をばん回。第2ピリオド、得意のタックルからエビ固めでがっちりとらえ、見事にフォールを奪い、逆転勝利で世界選手権へのキップを手にしてみせた
(右写真)

 これまでの道のりを振り返れば、泣きたいほどうれしかったに違いない。ところが高橋は涙を見せず、ほっとした表情を見せたのもつかの間、厳しい表情で口を開いた。「優勝は格別な気持ちですけど、世界選手権に出場するだけではダメです。オリンピックの出場枠を取ってきたい」

 待たされた時間が長いだけに、チャンスがそう多くはないことも知っている。ゆるぎない決意を胸に、29歳のベテランが初の世界選手権に挑む。

 

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